和歌山カレー事件 林真須美の次女が取材に応じていた(母はやってない)

和歌山カレー毒物事件 林真須美さんの次女が取材に応じていた
母はやっていない
1998年7月25日(土)午後6時頃
和歌山県和歌山市園部(そのべ)で、夏祭りに参加した
67人が急性ヒ素中毒になった毒物カレー事件になります(4人死亡/63人が重軽傷)
2009年に死刑が確定している林真須美死刑囚(64歳)の冤罪が疑われている事件となります。
林真須美さんの長男のツイッターより

2009年、死刑判決前には
次女も取材に応じておりました。
証拠として採用はされませんでしたが、
事件発生当時から「ずっと母と一緒に居た」と話していた事を覚えて居ます。
死刑判決前には林真須美さんの次女が
過去に朝日新聞の取材に応じていた事が分かりました。

「母はやっていない」
林被告の次女(24)は判決前の18日、朝日新聞の取材に初めて応じた。
(林真須美)被告とは時々手紙のやり取りをしており、「面白くて、優しいお母さん」と話す。
事件当時は中学2年生だった。
事件後、児童養護施設から学校に通った。
自分が林被告の娘であることは仲の良い友人にも打ち明けなかったが、周囲の人がやがて「親御さん、そうなん?」と聞いてくるようになったという。
高校3年生の時、母親は和歌山地裁で死刑判決を言い渡された。
「みんなから『やっぱ、やってたんやな』とか言われてつらかったけど、学校は休みませんでした」
高校卒業後は和歌山市内のスーパーで働いていたが、「ずっとビクビクしていた」
やがて社内でも知られる所となり、気まずくなって退社した。
以降、ひと目を気にする生活に耐えきれず、約2年前に県外に引っ越した。
林被告は裁判で、カレーにヒ素が混入された時間帯に次女と一緒にいたと主張した。
次女は取材に対し「私はずっと母親と一緒にいた。お母さんはやっていない」と話した。
和歌山毒物カレー事件の裁判では
次女&林真須美さんは以下の証言をしています。
「和歌山カレー事件の犯人は、林眞須美の長女だったのでは…」という憶測が流布している件について(片岡件さんのnote)
次女の証言より
(一審の証人尋問で証言)
私は、お母さんがカレー鍋の見張りをしていた間、ずっと一緒にいました。
その時、私はカレーの鍋をフタを開けて味見しました。
林真須美さんの証言より
(黙秘を撤回した二審の被告人質問で証言)
私は、カレーの鍋の見張りをしていた間、ずっと次女と一緒にいました。
その時、次女がカレーの鍋のフタをあけ、指にカレーをつけて食べました
結果的に裁判では次女の証言は採用されませんでした。
採用されなかった理由としましては
家族を庇う証言だと拒否されてしまったようです。
ちなみに長男さんも次女と林真須美さんの姿を目撃していますが証言に採用されませんでした。
家族からしたら悔しい想いで一杯だったと思いますが、裁判官という公平な立場から見ても身内の証言として、次女の発言が認められなかったのは致し方ありません。
和歌山カレー事件 長男が真犯人を語る 前編(飲食店経営者説)
和歌山カレー事件 長男が真犯人を語る 後編(飲食店経営者説)
和歌山カレー事件 林真須美がホースで水をかける名シーン(報道陣にキレた理由)
和歌山カレー事件 林真須美 ホースで水撒きはやらせ(記者の指示)
和歌山カレー事件 死刑判決した裁判官の弟子より苦言(先入観で判断する所がある)
和歌山カレー事件 林真須美を目撃した少年の証言 前編(22年後に語る)
和歌山カレー事件 林真須美を目撃した少年の供述 後編(22年後に語る)
和歌山カレー事件 林真須美は保険金詐欺でもヒ素を取扱った事がなかった
和歌山カレー事件当日 吉本新喜劇の開始直後に林真須美さんがカレー作りへ
和歌山カレー事件 次女&三女と女の子が味見していた(当時の報道編)
和歌山カレー事件 味見していた次女と三女を病院に連れて行っていた
和歌山カレー事件 林真須美の次女が取材に応じていた(母はやってない)
和歌山カレー事件 夏祭り直前に味見した主婦らは異常なし(午後6時直前に混入)
和歌山カレー事件 逮捕当日の朝を語る(食中毒→青酸カリ→ヒ素へ)
和歌山カレー事件 林健治 当時の心境を深く語る(2009年)
和歌山カレー事件 林健治 ヒ素との出会いを語る(人に騙されて舐めていた)
和歌山毒物カレー事件 林夫婦の所で居候していたIさん(真実を話せない理由)
和歌山カレー事件 林健治 メディアを恨まずに高く評価していた
和歌山カレー事件 林健治 最初は真須美がやっていると思っていた
岩手17歳女性殺害事件の真犯人 前編(逃亡/自殺/他殺の真相)

