和歌山カレー事件 当時の新聞報道(後編)

和歌山カレー事件 当時の新聞報道(後編)
当時の新聞報道(書き出し)後編
1998年7月25日(土)午後6時頃
和歌山県和歌山市園部(そのべ)で、夏祭りに参加した
67人が急性ヒ素中毒になった毒物カレー事件になります(4人死亡/63人が重軽傷)
2009年に死刑が確定している林真須美死刑囚(64歳)の冤罪が疑われている事件となります。
当時の新聞報道の書き起こしになります。
なぜ今頃になって新聞報道なのか?
カレー事件直後の報道なので、誤報はありつつも
何らかのヒントの「真相」が隠されているかもしれません。
なぜなら、林真須美さんが逮捕されたのはカレー事件から「約3ヶ月後」になります。
この事から少なくともカレー事件発生直後の報道については
真実をそのまま伝える隠蔽工作はないありのままの”素直な報道”とも言えます。
もちろん、地元住民から情報を聞き出すインタビューの際に口裏合わせやらで「嘘の証言」を言われていたとしたら、元もこうもない訳ではありますが…
事件直後の新聞報道なので、その可能性は限りなく少ないのではないかと思います。
カレー事件発生直後の「新聞7紙」+「週刊誌1冊」による書き出しとなります。
前編からの続き「後編」になります。
◆ 自治会再生へ動く
夜を徹しな編み相談/合同慰霊祭を計画
「すまんな」故 会長の言葉忘れぬ
「すまんな」。亡くなった園部第14自治会長、谷中孝寿さん(64)の”最後の一言”が、病院に駆けつけた自治会役員らを動かした。
事件が起きた街では、年老いた役員らが夜を徹して悩みの相談を受け、合同慰霊祭の計画を練るなど、自治会再生への一歩を踏み出した。「4人の死を無駄にはしない」との想いを胸に、住民らは「卑劣な犯罪に負けるな」と誓い合っている。
10時過ぎ、谷中さんは現場から5キロの病院で点滴5本を受け、横たわっていた。「心配するな。皆で応援する。」見舞いに訪れた市有功(いさおむら)地区連合自治会の中筋久雄会長(71)ら役員3人の励ましに、返ってきた言葉は「すまんな。」目をつむったままの一言が精一杯。約5時間後、谷中さんはこと切れた。
同会理事の岡田行雄さん(71)は「後を託された」と、遺志を継ぐ決意を固めた。
翌26日朝に市有功支所に設けられた連合自治会の対策本部が、泊まり込みで園部第14自治会への支援を続ける。「いつでも来て下さい」48畳の部屋の対策本部は24時間体制で、周辺の自治会長らが十数人が2~3人ずつ交代。70歳以上の人もいるが、住民の悩み相談に懸命に答える。
中筋会長は披露で点滴を受けながら詰め、「遺族のつらさを考えるとしんどうない」昼間は犠牲者4人(読取不可)と負傷者63人の(読取不可)のや自を訪ね歩き、金を送った。「少ないけど、ささやかな励ましに」
井口弘副会長(56)は話す。街は少し落ち着いた。味が評判で県外からお客が来るお好み焼き(読取不可)クリーニング店も告(読取不可)終わった29日以(読取不可)開した。
長女が被害者となったお好み焼き亭主(56)「これまで異常に自治会を充実させていきた(読取不可)れが谷中さんらの(読取不可)くいることになる」
自治会役員の女性(60)住民同士が信頼感を(読取不可)街にしていけば、き(読取不可)罪を防ぐことになる(読取不可)える。

◆ 青酸カレー事件
「持ち帰り」が被害拡大
異常伝達遅れる 開始から50分も配布
自治会の夏祭りで調理されたカレーを食べた小学生ら4人が死亡した和歌山の青酸カレー事件で、青酸化合物が混入されたカレーの配布は食事の開始から少なくとも50分以上に渡って続けられていた事が29日、和歌山県警和歌山東所捜査本部の調べて分かった。
その場で食べずに自宅へ持ち帰る人が多いため、異常にきづくのが遅れ被害が拡大したとみられる。
調べでは、住民らへのカレーの配布は25日午後6時頃から始まった。カレーを盛り付けたトレーを数皿用意、住民が自分でカレーを選び、受け取っていた。
かなりの人が自宅に持ち帰ったという。最終的に午後6時50分ころに現場で受け取った男性(48)が確認された。
捜査本部は現場から持ち帰ったカレーのトレーや吐しゃ物など約170点を青酸反応確認の対象にしたが、カレー配布予定だった約100食分をに比べて、現場で回収出来たトレーは少なく、捜査本部は多くが自宅に持ち帰り、廃棄されたとみている。
今回の犯行で使用された青酸化合物は、摂取されると数秒から数分で吐き気やめいまいなどの中毒症状が現れるのが特徴。祭りの会場で住民が食事をすれば、食事開始からまもなく、異常が確認され、今回の事件のように約50分にわたって配布が継続することは考えにくい。
このため、捜査本部は持ち帰りの多さが被害の拡大に繋がったとみている。
今回の事件では、消防への119番通報が午後7時8分が最初。地区全体が「集団食中毒」のパニックになるまで、食事の開始から約1時間が経過していた。

◆「母はやっていない」
林被告の次女(24)は判決前の18日、朝日新聞の取材に初めて応じた。
(林真須美)被告とは時々手紙のやり取りをしており、「面白くて、優しいお母さん」と話す。
事件当時は中学2年生だった。
事件後、児童養護施設から学校に通った。
自分が林被告の娘であることは仲の良い友人にも打ち明けなかったが、周囲の人がやがて「親御さん、そうなん?」と聞いてくるようになったという。
高校3年生の時、母親は和歌山地裁で死刑判決を言い渡された。
「みんなから『やっぱ、やってたんやな』とか言われてつらかったけど、学校は休みませんでした」
高校卒業後は和歌山市内のスーパーで働いていたが、「ずっとビクビクしていた」
やがて車内でも知られる所となり、気まずくなって退社した。
以降、ひと目を気にする生活に耐えきれず、約2年前に県外に引っ越した。
林被告は裁判で、カレーにヒ素が混入された時間帯に次女と一緒にいたと主張した。
次女は取材に対し「私はずっと母親と一緒にいた。お母さんはやっていない」と話した。

◆ 和歌山カレー「冤罪事件」
元大阪高裁判事・生田暉雄(いくたてるお)弁護士から投稿3
和歌山カレー事件の判決を含めて書類を検討していて大変な事を発見しました。
驚くべきことに判決に死因の証拠がないのです。
死亡した会長、副会長、小学生、女子高生の4人は救急車等で救急搬送され、病院で医師が診療中に医師の面前で死亡し、即日解剖され、解剖結果、医師の死亡診断書、死体検案書もあります。
これらの書類はこれ以上、死因について優良な証拠はあり得ないと言っても良い優良な証拠です。
ところがこの解剖結果、死亡診断書、死体検案書が裁判に死因の証拠として提出されてないのです。ヒ素による殺人の死因の証拠としては役立たないと思われます。
おそらく解剖結果、死亡診断書、死体検案書の死因は「青酸化合物による死因」になっていると思われます。
だからこそ、死亡直後のマスコミの報道、警察の報道が青酸化合物による殺人と大々的に報道されたのです。
解剖結果、死亡診断書、死体検案書の死因を変更することはできます。当該医師が変更、修正、訂正の手続きを取れば良いのです。
しかし、医師が手続きを取る必要は無いとして取らない場合は変更等をすることは出来ません。
その場合でも、医師が診察した診療録、カルテ等を総合して死医を鑑定して、新たな死因に変更することが出来ます。しかし、鑑定しても死因が変更しない場合があります。
「和歌山カレー事件」の死亡した4人の死因について、検察官は死因の変更や鑑定の手続きを取っても、ヒ素の死因とする解剖結果、死亡診断書、死体検案書を手に入れることができず、裁判に提出出来なかったのでしょう。
そこで検察官が採った奥の手はなんだったと思われますか。
林被告人を起訴するのが12月29日ですが、起訴直前の12月24日から29日にかけて死亡した4人を診察した4人の医師の検察官に対する供述調書を取ったのです。
それも「砒(ヒ)素含有量」と題する書面を見せて、それなら4人の死亡はヒ素でしょうという供述調書です。
問題はこの「砒(ヒ)素含有量」と題する書面です。
だれが、いつ、どのような目的で、だれから何を採集して、死亡した4人のヒ素含有量を明らかにしたのが全く分かりません。
「砒(ヒ)素含有量」と題する書面の信用性、証拠能力、証明力が全く有りません。
そのような書面を見せられて供述した供述調書も証拠能力、証明力がありません。
何よりも、「砒(ヒ)素含有量」と題する書面に信用力があるものなら、なぜそれを解剖結果、死亡診断書、死亡検案書の死因の作成に役立てられなかったのか、少なくとも、それらの書面の変更、修正、訂正に役立てられなかったのか、鑑定書の作成に役立てられなかったのか疑問が多くありすぎます。
それだけではなく、4人の死亡から2ヶ月以上経た10月7日付で、1人医師によるヒ素を死因とする死体検案書が新たに作成されています。
これは死亡から2ヶ月以上経ており、医師法違反にならないか問題があります。その上、4人の死亡直後に書いた死体検案書との関係がどうなるのかも問題で、これも証拠能力、証明力がありません。
いずれにしても死亡した4人の死因について裁判上、証拠となっているのは右に述べた4人の医師の証拠能力、証明力の無い供述調書4通と、4人に対する新たな死体検案書だけです。
判決においても、それらの証拠を証拠の標目という蘭に他の証拠と一緒に羅列されて記載された3行があるだけで、特に死因を検討もしていません。
これでは何のために裁判の結果を判決書に書く意義が全く無いといわなければなりません。
今回は判決に死因の記録が合理的な疑いを超えて証明すべき要件を満たしていない驚くべき事実について述べました。

赤線部分(上部中央)の内容が重要となりまして
1989年の殺人未遂事件 1件は
「犯罪の証明がない」と無罪を言い渡した。
1998年に林真須美さんが逮捕された際に夫の林健治さんが営んでいたシロアリ駆除の従業員が半身不随となり、林夫婦が保険金を得ていたと大きく報じられた報道となっています。
裁判では、この元従業員が病状を偽った事により
2,000万円の保険金を得ていたという内容が発覚しました。

LA POSEさんnoteのまとめ記事(片岡建さん解説)より
半身不随になった
元業業員の知人より
辛いとか、そういう次元じゃなかった
体重は35キロになり、骨と皮だけになって…
髪の毛は全部抜けて一切身体が動かない
少しも動けない状態でベッドで8ヶ月(過ごした)
という事でありましたが…?

そのような事実は一切なく
ヒ素中毒に、そんな症状がない事が分かりました。
さらにはカレー事件で被害を受けた人達の中に存在しないという事であります。

これにより林真須美さんは「無罪判決」を勝ち取った内容が赤線部分となっています。
なぜか無罪判決の部分だけは小さく報道されていた事も関係しており、世間の方々に知られる事はありませんでした。
さらにはインタビューを受けた人は「ある事実を隠しています」という事であります。
そんな中、別の視点から報道をする心優しい記者さんもいた事が分かりました。

◆「花火しよ」心に残る仲良し4人
「花火、一緒にしよ」驚いて振り向いた。
いつも仲のいい次女、長男、三女が立っていた。
4歳の三女は両手いっぱい花火を抱えていた。
毒物カレー事件発生から2週間。
記者1年目の大事件で聞き込みに奔走(ほんそう)する毎日。
疲れ切ってある民家の玄関先に腰を下ろしていた時、その家の兄弟が声をかけてきた。
「7時にここでね」と小5の長男。
しかし、約束の時刻になると「お父さんが(報道陣とは)ダメだって。こんな時だから…。事件が解決したらって」
林家の子供たちは今…
無口な中2の次女は残念そうに答えた「また一緒にね」以来、兄弟と親しくなった。
中3の長女は三女を自転車の後ろに乗せ、よく買い物に。
三女が保育園から帰る頃には兄弟は交代で迎えに出た。
イタズラ盛りの長男「宿題早くやれよ」「魚釣りはどこでやるの」事件とは関係ないやり取り一服の清涼剤だった。
内向的な次女「記者って大変やね。炎天下で歩き回って。全然休めやんの?」
たった1回、事件に触れた。
記者「当日、何してたの?」
次女「父と母とカラオケに行った…」
そう言い、下を向いた。
絞り出すような声だった。
仲良くなった兄弟は林家の4人だった。
「事件前にもヒ素中毒」衝撃的な見出しが新聞紙上に踊ったのは1998年8月25日。
以来、兄弟たちの家は1ヶ月余、100人以上の報道陣に取り囲まれた。その中に自分もいた。
真須美被告の”放水事件”。三女は母の隣で母のズボンをギュッとつかんでいた。笑顔で、何か叫んでいた。遊びの延長と思っていたのか。
長男は顔を見せると舌を出しておどけ、報道陣にピースサインを送ってみせた。無邪気さに胸が痛んだが、懸命にメモを取り続けた。兄弟に触れ合うことの出来ないもどかしさを感じつつも「記者」である事に徹した。
久しぶりに訪れた現場は、すっかり冬景色になっていた。
「林死ね」真っ白だった林宅の壁には無数の落書きが。ひっそりとしたガレージには、子ども用の浮輪が2つ、庭先に転がっていた。兄弟の記憶がよみがえった。
「はやっちー」「はやっちー、あ~そ~ぼ」林夫婦の保険金詐欺疑惑が明らかになった直後、報道陣が取り囲む玄関先で友人とみられる少年は長男のあだ名を大声で呼んでいた。繰り返し何度も。
しかし、沈黙する家の奥から長男の無邪気な顔がのぞくことはなかった。
「はやっちー…」むなしく響いたあの声が今も心に残る(社会部/渡辺泰之)
その他に


週刊朝日(2008/7/25)& 週刊現代(2009/5/9)の記事も見つかるのですが、画像解像度が粗すぎて読めずに書き起こし出来ませんでした。
最近では未解決事件の世田谷一家殺害事件で、大便残しをスクープした実話ナックルズ6月号(2023年5月)にも元少年こと消えた目撃少年(40歳)のインタビュー記事が掲載されています。
暴力団に入った過去を含めて和歌山カレー事件が合計3P特集されています。
和歌山カレー事件 長男が真犯人を語る 前編(飲食店経営者説)
和歌山カレー事件 長男が真犯人を語る 後編(飲食店経営者説)
和歌山カレー事件 林真須美がホースで水をかける名シーン(報道陣にキレた理由)
和歌山カレー事件 林真須美 ホースで水撒きはやらせ(記者の指示)
和歌山カレー事件 死刑判決した裁判官の弟子より苦言(先入観で判断する所がある)
和歌山カレー事件 林真須美を目撃した少年の証言 前編(22年後に語る)
和歌山カレー事件 林真須美を目撃した少年の供述 後編(22年後に語る)
和歌山カレー事件 林真須美は保険金詐欺でもヒ素を取扱った事がなかった
和歌山カレー事件当日 吉本新喜劇の開始直後に林真須美さんがカレー作りへ
和歌山カレー事件 次女&三女と女の子が味見していた(当時の報道編)
和歌山カレー事件 味見していた次女と三女を病院に連れて行っていた
和歌山カレー事件 林真須美の次女が取材に応じていた(母はやってない)
和歌山カレー事件 夏祭り直前に味見した主婦らは異常なし(午後6時直前に混入)
和歌山カレー事件 逮捕当日の朝を語る(食中毒→青酸カリ→ヒ素へ)
和歌山カレー事件 林健治 当時の心境を深く語る(2009年)
和歌山カレー事件 林健治 ヒ素との出会いを語る(人に騙されて舐めていた)
和歌山毒物カレー事件 林夫婦の所で居候していたIさん(真実を話せない理由)
和歌山カレー事件 林健治 メディアを恨まずに高く評価していた
和歌山カレー事件 林健治 最初は真須美がやっていると思っていた
岩手17歳女性殺害事件の真犯人 前編(逃亡/自殺/他殺の真相)

