60代の死刑囚が病死(大阪拘置所)

60代の死刑囚が病死
大阪拘置所
2026年4月8日(水)午前8時すぎ
60代の死刑囚が拘置所で
病死していた事が分かりました。
1990年から91年にかけて
群馬県で知人男性2人を殺害した
松本美佐雄死刑囚(61歳)の病死した事が分かりました。
死因は、肝臓がんとなっています。
2026年1月下旬に下血の症状があり
移転生・肝臓がんが見つかり収容先の東京拘置所で治療中でした。
◆ 事件内容について
妙義山ろく連続殺人事件として
1990年12月 建築作業員の松本美佐雄(当時25歳)は
遊び仲間の友人A(高校同級生)から「(友人Bの)借金を迫る知人に困っている」と相談を受け
共犯者の男で遊び仲間の友人A(当時26歳)と共に友人Bの帰宅を待ち伏せた上で、シンナーを吸わせてロープで首を絞めて友人B殺害後、群馬県・安中市の妙義山に遺体を埋める(1990年12月4日深夜)
※ 友人Aは既に100万円以上のお金をBに貸しており、返すどころか「(さらに追加で)ゲームセンターの経営資金として160万円貸してほしい」と無心してきた事がきっかけとなり、このままでは金づるにされると思った友人Aの相談を受け殺害となりました。
1991年(翌年)4月下旬
別事件として、遊び仲間の友人C(当時28歳/高校の1学年年上)からキャッシュカード盗み300万円を引き出し(松本が共犯者Aに指示して実行)、7月6日 午前0時半頃、友人Cと父親(54歳)に公園に呼び出され不正を厳しく追求・侮辱してきた父親をスコップで殴って殺害。
公園に呼び出された段階では知人Cの父親を倒れて動かなくなるまで殴り、死亡したと思い込んだ松本は両手をビニールテープで縛り、車で妙義山に運び(この時、父親はまだ息あり)妙義山に着くと松本は父親を埋める穴を掘り、友人Cにも手伝うように指示してスコップ殴り殺害。
群馬県警はC親子が事件に巻き込まれた可能性から捜査を開始して、Cの友人関係である松本が捜査線上に浮上して、8月28日に松本とAの逮捕に至っています。
殺人罪2件 + 傷害致死・死体遺棄の罪に問われ
最初の事件(借金~首絞め)に関わった共犯者の男(友人A)に懲役13年。
松本美佐雄死刑囚(61歳)は一審、二審ともに死刑判決(1993年)
上告審で共犯者がいると主張しましたが、1998年12月1日に死刑確定となりました。
松本元死刑囚は、拘置所の生活ではシンナー吸引からの後遺症による「マイクロ波・放射線にやられている」「血液が紫色」など妄想・被害意識が強かった(精神状態の悪化)ことが報じられ、再審請求をしていました。
2026年4月8日現在までの
死刑囚は「合計101人」となりました。
オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こした真相(麻原彰晃がキレた理由)
NHK受信料 自宅へ訪問営業の集金回収を廃止(今後はネット契約)
日本の総人口 50歳以上が6000万人超(2人に1人の割合)
あおり運転&危険運転された時のベスト3か条(キチガイだらけと思えばOK)
岩手17歳女性殺害事件の真犯人 前編(逃亡/自殺/他殺の真相)
ゲームは時間の無駄ではなかった(最終結論)(学べるものが多い)
オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こした真相(麻原彰晃がキレた理由)

