女子高生コンクリート詰め殺人事件の真相(後編)

女子高生コンクリート詰め殺人事件の真相(後編)
少年犯罪の凶悪事件
女子高生コンクリート詰め殺人事件内容を含む
少年4人のその後を簡単に解説しております。
女子高生コンクリ埋め殺人事件とも言われ
1988年11月~1989年1月にかけて発生した
少年4人が起こした「凶悪少年犯罪」になります。
女子高生コンクリート詰め殺人事件の真相の続きになります。
◆ 11月30日(水)午後9時頃
母親が女子高生に対して玄関まで送り出して「自宅に戻りなさい(帰りなさい)」と注意して声がけして帰そうとするも、すぐに少年Cが追いかけた事で、助かる事はありませんでした。
少年Cが追いかけた説と少年Bに見つかった説があります。
玄関を出た時に少年Bに見つかり、公園で説得されて戻されたという説があります。彼だけが一度も暴力を振るっていなかったために、彼を頼ればいつかは戻れると信じていたとも言われています。
この当時の事を父親は「順子さんは、てっきり帰ったものだと思った」と語っています。
正確には、両親は順子さんにドアの外から「食事をあげるから出てきなさい」と説得して、1Fリビングに降りに来させて一緒に夕食を摂ってから「帰りなさい」と伝えています。
なぜか夕食時に少年Cらも同席していた事により、順子さんは話す事が出来なかった。
母親と父親が順子さんに「あなたの家はどこなの?」と名前と住所等を聞き出そうとしますが、少年Cより「(父親の胸ぐらを掴みながら)オメェらには関係ねぇだろ」と怒り狂ったとされています。
順子さんの親御さんは拉致されてから3日後に帰宅しない事を心配して警察に捜索願いを出していたのですが、悪知恵が働く少年らの命令により
目の前で両親&親友宛へ「友達の家にいて、元気だから心配しないで。絶対帰るからね。」と無理やり電話をさせられています。
ここで、捜索願が取り下げとなってしまっています。
その間にも親御さんは仕事を休み、順子さんの行方を探しています。
電話をかけさせた後も少年Aより
「(公衆)電話の場所も結構、遠いだろ?」 「交番も離れてるから走っても時間かかる」
「いいか?一人では絶対に外にでるな」 「もうすぐ話がつくから、変なマネだけは絶対するな」 「この辺にも張り込んでいるヤクザがいて、お前を狙っている」
と脅し続けます。
ここで1つの疑問が残ります。
なぜ順子さんはヤクザの存在を
そこまで恐れて少年らの元にいたのか?
実は、事件が起きる少し前に順子さんは友人に「ストーカー男から、しつように付き合いを迫られて困っている」という証言がありました。
警察の調べによりますと、ストーカー男は20歳の元暴走族で未成年をレイプして少年鑑別所にいたという経歴の持ち主になります。
このストーカー男と主犯格の元少年Aらが知り合い同士で繋がっていたという事を恐れていたとも言われています。
つまりは、少年Aは順子さんに対して「(順子さんに付きまとっていた)ストーカー男は、俺の知り合いでヤクザである。奴はお前の家を知っている。警察に言ったり、へたなマネをすると家族も危ないぞ」と脅していたのではないかと言われています。
再現ビデオではストーカー男から順子さんの話を聞き、帰るコースと時間を事前に調べて犯行に及んだとも推察されています(東京都・足立区綾瀬→埼玉県三郷市までは5kmほどの隣町のすぐ近くになります)
なぜか事件当日は、普段レイプ(強姦)で使用していた車は使用されずに原付バイクでの犯行となっています。
順子さんの帰り道が人通りが少なくなる道である事を事前に知っていたとも言われており、順子さんが帰りがけた時に脅した場所は夜は無人となる倉庫の前となっています。
これらの内容については元少年Aのヤクザの脅しと繋がってくる事が分かります。
少年Aが「上の者、ヤクザ」という名前だったり
ストーカー男の名前を出したら順子さんは恐怖に怯えます。
「ストーカー男は、お前の家を知っている」 「警察に言ったら、お前の家族もろとも危ない」
「ヤクザは今もお前の家の周りをうろついている。だから、外に出るな」 「俺がきちんと話をつけてやるから、それまでは、この家におとなしくしてろ!」
という内容と繋がってきます。
この事から順子さんが少年Aに脅されながら言葉巧みに騙されて、おとなしくついていってしまったのではないかと言われております。
元少年Aは犯行に計画性があると余計に罪が重くなると考えたために偶然、順子さんを見かけたと証言しています。
◆ 12月7日(水)
監禁12日目にして順子さんは自力で逃げ出そうと警察に110番通報しよう試みていますが、少年Aに見つかってしまい酷い暴行を加えられてしまい次第に抵抗を諦めてしまいます。
逆探知により警察から折り返しの着信がありますが、少年Aが「どうもすみません、妹がイタズラで110番しただけです」と伝えます。
これまで一度も暴力を振るっていなかった少年Bも裏切られた気持ちから憎しみへと変わっていきます。
この日を堺に順子さんへの仕打ちは人間と扱わずゴミ同然のような扱いをして酷くなっていきます。
順子さんが逃げ出さないように強姦中の所を撮影したり、自慰行為を強制した挙げ句に性器には色々な異物を突っ込み、根性焼きを入れるために足をライターで火あぶりをした後には無理やり傷をえぐられます。
あまり知られていないのですが、生きている順子さんの爪を剥がしたり、目玉をえぐりぬこうとしています。
当時、少年らが集団で行った拷問については

(ビデオ再現映像に比べて) あれの10倍以上です。 あれの10倍以上ですからね。 いいですか?

まずね、女の子の爪をはがしました。 生きている内の爪をはがしてるんですよ、あいつらは。 それから、もっとすごいのがですね。

目玉をえぐりぬこうとした

実際には死体から 目をえぐろうとした

形跡が残ってるんだって

目玉は取られなかったけど

目をえぐろうとしてるんだよ こいつらは どう思います?

手足の爪は 生爪はがしてるんだよ
悪ふざけで、音楽をかけながらも何度もしつよう以上に殴り続けたりの集団暴行が連日に渡り、行われている事が分かっています。
真冬の寒い時期にも関わらず、全裸でベランダに立たされた日もあったようです。
少年らのレイプと性的なイタズラに飽きた頃には汚物同然の扱いを受け、食事と風呂も与えられず、まともにトイレにも行かせてもらえない生活が続きます。
お風呂には2週間も入れてもらえず「君、臭いんだよ」という酷い扱いを受けます。
ヤケドの臭いが親にバレるという理由から、1Fには降りるなと命令され、まともにトイレにも行かせてもらえなくなります。牛乳パックにしろと命令させられます。
12月中旬頃になると食事は1日 牛乳200cc程度しか与えられず
次第に順子さんの体はあざと傷の血だらけ状態になり、見る影もなくなっていきます。
体重は51kgあった体重は35kgまで衰弱してしまいます。
こうして順子さんは歩けなくなるまでになってしまい、自力で逃げ出す事すらも出来なくなります。
後に少年らは「彼女を人間と思っていなかった」と裁判でも語っています。
◆ 12月23日(金)
少年Aらは喫茶店で順子さんの事をどうするか話し合います。
後輩より「先輩、まだあの子いるんですって?」
少年Aより
「あぁ…今さら、親元に帰れねぇしなぁ~」 「なぁ、あいつ死んだら、死刑になるかな?」 「まだ大丈夫か?20歳にもなってねぇもんな」
◆ 12月31日(土)
年末の5日間、順子さんの様子を見ていたのは
少年Cの兄であり隣部屋にいた監視役の少年Gしかおらず
ほとんど水しか与えていなかったという事が分かっています。
◆ 1989年1月4日(水)早朝
古田順子さんが亡くなられた日となります。
順子さんの死因は、外傷性ショックの窒息死。
少年らは行きつけのサウナに出向く途中だったといい
賭け麻雀で大負けした腹いせのストレス発散の窓口として
最後に順子さんは少年らに
2時間以上に渡り激しい暴行を受けた事により
午後10時までに亡くなられている事が判明します。
◆ 1月5日(木) 午後8時過ぎ
少年A+B+Cはよく出入りしていた
暴力団関係者が経営する花屋にいた所に
少年Gより「順子さんの様子がおかしい」と連絡を受けて
少年Aらが部屋に行くと順子さんは死亡している姿を発見します。
少年らは犯行がバレるの恐れ、遺体発見後の夕方6時頃に少年Gと共謀して遺体を遺棄する事を計画。
順子さんの遺体を毛布で二重に包んでから大型の旅行カバンに入れてガムテープで巻き付ける。
少年Aは仕事先からトラックを借りて
セメントを貰い受けて、近くの建材店から砂&ブロックを盗む。

順子さんがコンクリート詰めされた
少年Aからの自宅の駐車場になります

順子さんの遺体と共に近くから盗んできたドラム缶を
少年A宅の駐車場に運んでから遺体をコンクリートに流し込み練り上げた。
順子さんの遺体が入った大型カバンをドラム缶の中に入れて、コンクリートをドラム缶の中に流し込んで最後にブロック等を入れて固定してドラム缶に黒ビニール製ゴミ袋を被せてガムテープで密閉。
漫画をヒントにコンクリート詰めにしたとされています。

少年A宅の駐車場である
土間コンには

コンクリ詰めした際の
少年の足跡が見受けられます。
画面中央にある白い部分となります。

古田順子さんがコンクリート詰めされた
ドラム缶が発見された埋め立て地になります。
東京都・江東区若州となっています。

遺体発見後の午後8時頃に
少年A+B+Cは3人でドラム缶を
東京都・江東区にある埋め立て地に遺体を遺棄した。
現場は雑草が生い茂っていて、家電製品をはじめとして不法投棄が多い場所となります。
◆ 事件発見までの経緯として
遺体遺棄から約2ヶ月後の1989年3月29日(水)
順子さんの遺体が工事現場から発見した事から本事件が発覚となります。
日常的に悪さを繰り返していたであろう少年A+少年Bは別件容疑にて
順子さん死亡から22日後の「1月下旬に逮捕されていた」のです。
◆ 別件の容疑内容については
1988年12月に別の婦女暴行事件 & ひったくり20件以上を繰り返していた容疑で、2人を逮捕していた事から余罪について取り調べた最中に”自白”した事から女子高生コンクリ事件が発覚となりました(当時の報道より)
それ以前の詳しい余罪については

クソガキどもを糾弾するホームページより
・10月中旬: 少年Aが運転する車に少年B+少年C+Cの同級生含む合計4人が車に乗り、自転車に乗った女子高生に「道を教えて」と声をかけた後にナイフで脅してホテルで強姦(レイプ) ・10月20日:少年Aが運転する車に少年B+少年Cの3人が乗り、少年Aの顔見知りの女子高生をホテルに連れ込んで強姦(レイプ)
・10月25日: 少年Aと少年Bで、ひったくりをして「12万円を稼ぐ」 ・11月8日: 少年Aが運転する車に少年B+少年Cが乗り、足立区内で、自転車で帰宅中の会社員(19歳)を車に連れ込み、ホテルで強姦(レイプ)
驚いた事に女子高生コンクリ事件で、順子さんを監禁中の前後に悪さを日常的に繰り返し行われていたというのです。
順子さんが亡くなってから2ヶ月後…
少年らが自白した事により事件発覚の翌日3月30日(木)
女子高生コンクリート埋め事件の「殺人・遺体遺棄容疑」で、再逮捕となります。
ここでの注目すべきポイントとして
◆ もしも少年らが自白(自供)してしなかったら…?
今頃、女子高生コンクリ事件は迷宮入りして
未解決事件のまま終わり、この世の明るみに
出ていなかった可能性もありえたかもしれません…
絶対にあってはならない事であり、何とも恐ろしい話となります。
それを思うと昭和から平成初期にかけては事件の明るみにもならず
闇に隠れた同様の凶悪事件はそこら中で、チラホラとあった可能性を物語っています。
女子高生コンクリ埋め事件が与えた影響は大きく、1988年(昭和最後)~1989年(平成元年)のみならず、90年代以降に女性が突然、姿を消して行方不明者(失踪者)が多くなった原因は同様の事件が多発した可能性も否めません。
特に女子高生コンクリ埋め事件直後、
報道を見てマネする輩こと模倣犯が現れかねないからですね。
※ 特に90年代以降ではロリコンブームで育った世代の影響により、ヤンキーこと不良少年以外にも「変質者世代の誘拐」が流行りました(別で解説あり)
ちなみに少年らが花屋に出入りしていた暴力団について
コンクリ事件発覚から3ヶ月後の6月5日に少年4人を銀座の路上で花を売らせていた容疑として、足立区在住の暴力団準構成員(当時43歳)を児童福祉法違反容疑で書類送検しています。
主犯格の少年Aと繋がっていた組員となります。
少年らは綾瀬駅前のゲームセンターに出入りして
暴力団関係者と知り合って繋がりが出来たとされています(当時の報道)
もしくは、少年Aが高校中退後にタイル工で働いていた時の繋がりとも言われています(クソガキどもを糾弾するホームページより)
少年らはお金に困ったら、そこら中で、窃盗のひったくり行為を繰り返し
時には暴力団組員のパシリをさせられていた事もあり、声がかかり(斡旋)を受けて銀座にある花屋で路上バイトをしていたようです。
主犯格の少年Aは暴力団組員 極東会(きょくとうかい)の青年団体として、10人前後の仲間を集めてグループを作り、自らを「極政会(きょくせいかい)」と名乗っていた。
少年Aは暴力団の忘年会に出席して組員達に「会長が自分で、少年Bが組織本部長、少年Cが事務局長」と一丁前に紹介していた(この頃からシンナーを吸い出す)
最後に監禁されていた少年C宅について
順子さんの声が周り近所に聞こえなかったどうか問題について
唯一、気になった点として

監禁されていた少年Cの家から
順子さんの声を聞いた近所の少年より
Q. 物音とか聞こえなかった?
聞こえたんですけど… 女の人の声が「やめてよ」とか そういう声がしました。
Q. いつ頃かな?
去年のいつ頃かは忘れました。
Q. 去年の年末くらいかな?
そんくらいです。
Q. 何回くらい聞きましたか?
8回くらいです。 だんだん声が弱くなってきた…

少年を語る近所の人より
父親が「この野郎」と叱ると 少年が「殺してやるぞ!」 すると、この辺の人は聞こえるように言うので みんな知ってますよ。フフフ
Q. じゃあ、怖くて言えない?
注意も出来ない?
そうねぇ、そうなのよ。
以上の内容から
報道された内容が真実であるならば、
周り近所の外では (被害者)順子さんの声が ダダ漏れだった事が分かります。
上記以外にも事件直後の取材にて
少年Bの両親が共に仕事に出掛けた後、1F居間では主犯格の少年Aが子分である監視役らの少年へ”怒鳴り散らす声”が外まで響いていたと近隣住民が語っています。
少年C宅では親御さんは近所からも「少年らの声がうるさい」と苦情が入るくらいでした。
事件年であった1988年の夏頃より主犯格Aをはじめとして、たむろしていた少年らの顔ぶれが変わって出入りするようになり、少年Cの兄弟らは髪を染めて女性を連れ込むようになったと報道されています。
というよりも周りは住宅街だらけで、当時は専業主婦の方も多かった理由から中高生がたむろして集まっていたら、(家の中で殺害があったかどうかは別にして)誰かしら何らかの違和感に気づいていた事には違いなさそうです。
夏頃から少年らの出入りが激しくなり
騒音トラブルで近所の人が注意すると
少年Cの両親より
「もう自分たちの手に負えないから、あなた方が少年達に注意して下さい」
「家の外に出しても、外で悪い事をする。まだ家にいた方がマシ」
という深刻な家庭内トラブルを抱えていた事が分かっています。
というよりも…?
少年4人らは共通して複雑な家庭環境で育てられており
親御さんに恵まれていなかったという事が判明しております。
さらに衝撃的な内容として

事件の通報が

近所の人の通報が(警察に)いってた

事件の通報が 何件か綾瀬警察署にいってたんだよね。 (女性の悲鳴がする)近所の人からの通報が綾瀬警察署にいってたんだよ。

ところが綾瀬警察署は それを無視したんだよ

通報者がいたにも関わらず

綾瀬警察は 何ら動かなかった

事件化した時もできるだけ穏便に調書を作って あまり大きな事件にするのはやめようぜって、やってたんですよ。 綾瀬警察署ね、そうでしょ?

週刊文春が事件の詳細を報じてから 綾瀬警察署は慌てて真剣に調書を取るようになった
という事でありました。
◆ 少年4人のその後について
女子高生コンクリ詰め殺人事件 少年4人のその後(生い立ちと人物像)へ続きます。
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