任天堂プレイステーション(幻のゲーム機)

任天堂プレイステーション

任天堂プレイステーション

裏切りで実現しなかった幻のゲーム機

1991年秋に発売を予定されていた

幻のゲーム機本体と言われる

任天堂プレイステーションについて
(Nintendo PlayStation)

簡単に解説させて頂きますね。


任天堂プレイステーションとは?

任天堂 x ソニーによる共同開発の試作品で

実現せずに未発売に終わった幻のゲーム機本体になります。

まだ任天堂がファミコン時代だった

1987年6月から1989年にかけまして

当時の任天堂はカセット方式をメインとして取り扱っており、CD-ROM方式に消極だっただけにソニーの粘り強い提案に丸投げでの約束を交わします。

スーパーファミコンが発売される1年前の
(スーファミ発売日1990年11月21日)

1989年10月から任天堂とソニーで共同開発を開始。

1990年1月1日にソニーと任天堂の間で契約が終結(合意文書作成)

当初の計画ではCD-ROMアダプタを任天堂が発売。

CD-ROM一体型のスーパーファミコン本体をソニーが発売予定となっていました。

もし、この話が実現していれば

1991年秋(10月~11月頃)に発売されていました。

価格は4万9,800円で「任天堂プレイステーション」(初年度の目標は300万台)

ソニーの構想では任天堂のゲーム機として普及させた後、

いずれCDプレーヤー+LDのレーザーディスクプレイヤーとの融合も考えており、将来的には教育&出版にもチカラを入れる家庭用PCのインフラを狙っていたようです。

その後、任天堂とソニーの間で、話がまとまらず…

結局、1991年6月1日 ソニーはシカゴで、プレイステーションの試作機を発表。

一方の任天堂はソニーとの共同開発ではなく「独自のスーパーファミコン用CD-ROMアダプタ(CD-i規格)」をフィリップスと提携して発売することを発表しました(未発売です)

この背景には

1.CD-ROMライセンス料を「全てソニー側が得る契約内容だった」

2.ソニーは本体ハード開発のみ行う契約だったのに「独自に自前のソフトで試供品を実演していた」

という内容に任天堂はキレて契約を破棄した”裏切り行為だった”と噂されています。

正確にはソニー側が優位的な契約になっていた事から任天堂はソニーとの契約を一方的に切らざるを得なかったという事でもありそうです。

任天堂はスーパーファミコンで発売された通りのカセット方式だったためにCD-ROMは、おまけ程度で権利を重視していなかったとも言われています。

その一方で、任天堂の米国社長からアメリカのPC業界ではCD-ROMが今後、流行る事を危機に感じてソニーとの提携を辞めるように助言を受けたとも言われています。

任天堂 x ソニーの契約は決裂後、

1990年11月21日 スーパーファミコン発売。

本体価格 2万5,000円(2003年9月30日に生産終了)

1994年12月3日 プレイステーション発売。

本体価格 3万9800円(2006年3月に生産終了)

1992年8月26日に行われた

第4回 初心会展では、当時の任天堂社長である山内溥さんより

「1993年8月にはハードの量産が出来て、CD-ROMを使用したゲームも開発中」

「良いゲームソフトが出来ない限りは出荷しない」と述べてました。

結局、発売される事はありませんでしたが…?

そんな幻のゲーム機と言われた任天堂プレイステーションについて

長年の時が過ぎまして、遂に海外オークションサイトで出品された事が分かりました。

任天堂プレイステーション3800万円で落札(スーファミとの違い)