iPhone&ドラクエの楽しさは義務化に変わる(惰性)

Step002

iPhone&ドラクエの楽しさは義務化に変わる

楽しさはいずれ義務化の惰性に変わる

ドラクエ&iPhoneに通じる

楽しさと義務化になります。

何らかの物事に取り組んでいる時に

楽しさを失って

いずれ義務化に変わってしまったら

「全てが終わり」になってしまうとも言われます。

別の呼び名として惰性(だせい)と呼ばれる事があります。

惰性(だせい)= 今まで何の考えもなしに意識せず、何となく続いてきた習慣になります。

モチベーションの気持ちが入らない状態にて、やる気がないのにダラダラと、いつまでも長く続けている習慣の事を言います。

人生において、この”気持ちが入らない”という行為が最もNGになります。

格闘技でも言われる事ではありますが、「絶対にやってやるんだっ!」という”気持ちの持ち方1つ”が何よりも大切になります。

これらは超大人気シリーズこと国民的ゲームである

ドラクエ x ファイナルファンタジー(FF)でも経験した事がありました。

近年ではiPhoneにも共通して言える事ではないかと思っています。

最近はiPhoneの魅力(良い所と悪い所)と言いますか?

スマホの進化と変化が何もないものですから

世間の多くの方々は購買意欲が薄れている事は間違いなさそうです。

今にして思いますと…?

iPhone出始めの当初は機種変更した瞬間に感動を覚えていた

iPhone4s~6sあたりが最大のピークだったのかもしれません。

ギリギリで画面の大きさ+ホームボタンなしの進化があった

iPhoneX/XR/XS or 11あたりが”最後の感動だった”とも言えます。

それ以降は斬新的な進化は何もありません。

iPhone11から現在のiPhone15に至るまで車のマイナーチェンジ以上に変化がありません。

それでもAndroidへ乗り換えずに

使い慣れているiPhoneを使用し続けている事を

まさに惰性状態と言えます。

いまだに多くの方に求められているiPhoneは

一番人気というより最もユーザーに求められるシリーズは

安価版のiPhone SE(第3世代)シリーズという事ですから

iPhone SE4を「5万円以下」(iPhone13~14あたりをベースにして)で、販売してもらいたいという方が多いのではないかと思っております。

もしくは、iPhone12~13を「5万円以下で売ってもらいたい」という世間の声が多そうな気がしてなりません。

その後、時が過ぎてiPhoneSE4は「iPhone14ベース」になる可能性が高いとも言われております(あくまでも噂ですが、濃厚のようです)

でも、冷静になって考えてみますと…?

正直、スマホ1台に

”5万円は高すぎる”のではないか?

と思えてきました。

iPhoneがまだ発売されたばかりの当初は

タッチデバイスという斬新なアイデアと機能で

新たな価値があるのではないかと錯覚しておりました。

というよりも

折りたたみ携帯ことガラケーからの進化による

未知なるスマホの金額(妥当価格)の事なんて

誰もが気にすらもしていなかったような記憶があります。

スマホの価格は、そういうものなんだ状態ですね。

まだ日本も現在よりも不況になる前で、それなりに価格が安かった時代という背景もしているとは思いますが、誰もが新しい物に飛びついて金額も気にせず購入していたと思います。

それよりも忘れてはならない事として

”人間の飽き”というものは

大変恐ろしいものとなります。

高スペック & カメラに高性能を求めていない人で

尚且つ、必要最低限のシンプルな機能で十分な人間からしますと…?

「3万がベストな価格」と言えるのかもしれません。

さすがに飽きてくる頃には

もう、iPhoneをいつまで買い続けなければいけないんだよ!(怒)

という最終的には嫌々購入している状態になってしまう末路になりそうです。

これが、まさに「楽しさの義務化 = 惰性状態」であります。

最後の最後の末期の頃になってきますと…?

素直に”iPhoneを楽しめなくなる”
(わくわくの感動すらなくなる)

くらいまでになっていきそうです。

というよりも既に世間の多くの方は

ガラケーの機種変更状態となっています
(何も変化を感じずに単に機種変更しているだけ)

しまいには何とかして、今使い続けている

iPhoneを長持ちできないか模索している状態です。

バッテリーが寿命でダメになったから交換するかiOSサポートが終了して、アップデート(更新)が出来ずにアプリが使用出来なくなったから、仕方なく買い替えるか状態です。

正直、こうなってしまったら、もうおしまいです。

この感覚は国民的ゲームであるドラゴンクエスト&ファイナルファンタジーとも似ておりました。

ファンになった瞬間から大抵の場合、シリーズの5作~8作目あたりで飽きが来る方が多いかもしれません。

ドラクエ&FF以外のシリーズ物ですと…?

3~4作目あたりになる頃には、一切やらなくなる事が多い気がします。

他に1~2作目だけプレイ or 1~3作目まではプレイされている方が多い印象を受けます。

4~5作目あたりが、ぎりぎり続くかどうかの分かれ目になっている気がします。

当時はファミコン&スーファミのゲーム全盛期となりますので、6作目まではプレイしている方も多くいらっしゃいます。

ぎりぎり7作目~8作目が最後になっている方も少なくありません。

少なくとも9作目以降からはプレイしていない方が多いです。

もちろん、長年ファンでおられる方もいる事を忘れてはなりません。

あくまでも当方の場合になりますが、

最初は楽しくて発売日を待ち望んで

わくわくプレイしていたはずなのに…?

シリーズがどんどん進むにつれて

発売日が延期されつつも続編が出るのですが、

いつの間にやら”素直にゲームを楽しめなくなってしまう”という…

これは当方の経験談ではありますが、

その昔、人気シリーズだからと仕方なく

プレイしてしまっていた自分がいました。

「有名タイトル」という理由なだけで

このゲームを絶対にやらなければいけない!

といった勝手な使命感に追われ

いつしか気づいたら…

”楽しさ”から「義務」に変わりまして

ただプレイしているという”名前負け状態”であります。

iPhoneと比べても

ドラクエ & FFでは歴史の長さが異なりますが…?

いずれiPhoneも同じ運命を辿らないか心配でなりません。

人は1つの目標を

晴れて達成してしまうと…?

いつしか使命感の「義務化」に変わってしまい

もっとも大切である”楽しさを失う生き物”なのかもしれません。

分かりやすく言うならば…

ひたむきに1つの目標を達成するためなら自分の時間を惜しみまして

その事だけの1点に神経を全集中させて必死に死ぬ物狂いで追い求めたり、人のためならいくらでも頑張れるモチベーションは保てるのですが…

自分のためだけに「目標を達成した瞬間の絶望なる喪失感」は何とも言えない気持ちとなります。

そのため、1つの目標に向かって(目指して)

モクモクと何かに夢中になって集中している時(過程)が

「もっとも楽しい時間である」と、かなり自信をもって申し上げられます。

これらの感覚はゲームのラスボスを知った途端に急にやる気がなくなる現象と似ております。

へたしたらラストダンジョンに到着した瞬間にED(エンディング)を見ずに満足してしまう感覚とも言えます。

近年、若者の間で流行っているであろう

動画を”倍速モードで見る”といった行為はおろか

もはや映画で言う所の「冒頭のOP」と「ラストシーン」を見ただけで

”自然と映画を全部見た気になって満足してしまう感覚”とも似ております。

これらの行為を繰り返していると…?

何もかもが楽しめなくなりますので、ご注意下さいませ。

まさにゲームは時間の無駄ではなかった(最終結論)(学べるものが多い)で解説した通りになりまして

最初からLV99 & お金MAXを経験すると何も楽しめなくなります。

まさに、やる事が何もなくなり、お金(資産)が有り余って時間だけを持て余してる感覚に近いものがあるのかもしれません。

何の趣味を持たなかったサラリーマンが定年退職後に暇を持て余して過ごす余生とも言えます。

こうならないためにも…?

何らかの楽しい趣味を見つけたり

この世の人生において何かをする時には

”楽しさをもっとも重視すべき”といった事がいかに大切であるかという事が分かります。

そうしなければ、人生の最後の最後で人が死ぬ瞬間に感じる5つの後悔してしまいますので、ご注意下さいませ。

その一方で…?

楽しさ(達成感の快感)を得るためには

つらくて険しくもあり、難しい難題をクリアしたり経験をしなければ、

最高の楽しさを得る事は出来ないといった何とも矛盾している難しい壁にぶち当たります。

つまりは、何を伝えたいのかと言いますと…?

MANISH(マニッシュ)さんの

「煌めく瞬間に捕われて」より
(きらめく しゅんかんに とらわれて)

今日は少しだけ

遠回りして 駅まで歩こう

見慣れない景色が 嬉しくて

カドの古着屋へ ふと入ってみる

いつもと違う角度で

鏡をのぞいてみる

きっと

そこに

新しい何かが…

きらめく瞬間に捕われて

夢中でいたい

という事から

毎日が同じ日々の繰り返しでも

「何か新しい事を見つけよう!」ではないですが、
(同じ道だって、なんか新しい事を見つけよう!)

人生は何らかの”変化がなければ楽しめない”

という事なのだと思います。

それが例え同じ作業の繰り返しだったとしても…?

自分なりの楽しさ(遊び)や目標を見つけつつも

場所 = 環境を変えるだけで、ガラリと新鮮になる事もありますね。

これは…まさに自然現象の天気と同じようにですね。

雨が降る日もあれば、晴れの日もあるさぁ~みたいな感じです。

稀に大災害にならない程度の雪やら台風のイベントを楽しみつつも

ある日突然、最悪な地震・津波が襲ってくるような感覚と似ております。

休みの日があるからこそ、大変な日々を頑張れるといったような感じかもしれません。

四六時中、暇でやる事が何もない人間が365日、毎日が変わらない休みだった日には、嬉しくも何ともない当たり前の日常になってしまう感覚とも似ているとも言えます。

ある意味では喜びや悲しさによる波の変化があるからこそ

楽しさが「数倍」にも膨れ上がるとも言えますね!?

これは、まさに…

ZARDの「君がいない」より
(作詞:坂井泉水さん)

ときめきが

やすらぎに変われば

”刺激というスパイス”だって必要かもね

毎日の日課ことルーティーンで使っているであろう

何らかの物が(トイレ/お風呂/シャワー/真夏のエアコン/洗濯機)

「突然、壊れてしまって困ったどうしよう!(汗)」

といった感じで痛い目に遭うではないですが、

人間には定期的にやばい状況に追い詰められる

刺激(緊張感)

というイベントは必要不可欠なのかもしれませんね!?

トラブルに遭った直後は

誰もが嫌な気持ちになってしまうのですが、

結果として学べるものが多くあるのだと思っております。