本当に強い人間の特徴(最終結論)

本当に強い人間の特徴
本当の意味で強い人とは?
人 対 人のタイマン勝負による
争いごとの強さの意味で言えば…?
何でもありの格闘技 = バーリトゥードこと
UFC & PRIDEのMMAルールである総合格闘技が「最強」である事には違いありません。
ルールがない何でもありの状況ならば、ストリートファイトとも言えそうですが、何をしでかすか分からない武器を使ってくる時点で、反則負けの卑怯者 = 弱い人間としておきます。
一人では何も出来ないではないですが、仲間で群れての集団でしか襲ってこない点も真の強さとは言えません。これをまるで自分が強いと勘違いしてしまいがちです。
大手企業の社名ブランドで活躍出来ていたのに退社した途端に仕事がなくなるパターンに通じるものがあります。別の意味では、よくありがちなラーメン通による勘違い系とも言えます。
集団相手に対しては、多勢に無勢でゲームやアニメの世界にある夢のようなファイナルファイト(スパイクアウト)や映画のブルース・リーやジャッキーチェンのように現実はあまくありません。
※ 多勢に無勢(たぜいにぶぜい)= 相手が多人数で勝ち目がない事を言います。
武器も何も持たない素手の状態での1対1のタイマン勝負で言うならば、人間の体幹で言う所の”足・腰が強い人間が最終的な勝者になる”のは間違いなさそうです。
これは年老いて高齢になればなるほど足腰は体に影響してくる部分となりますので、かなり重要要素となります。
その一方で…?
何も失うものがない人間ほど「最強で無敵」
という事も判明しております。
ただ、本当に強いという”真の意味”でと言うならば、
「喧嘩」や「力が強い人間」ではなく
なるべくなら喧嘩をしない人間である
争いを起こさない人
であると思っています。
争いを起こさない人こそが
もっとも最強 = 本当に「強い真の人間」である
のだと個人的には結論づいてしまいました。
昔から言われている内容で大変恐縮ですが、
”争いは同じレベルでしか起きない"
と言われているようにですね。
そして…
争いからは「何も生まれない」からです。
しいて言うならば
争いは虚(むな)しさを残すだけ
であります。
それでは、どのようにしたら
喧嘩や争い・揉め事は起きないのか?
やはり、普段からの「心」の持ち方 = 考え方と心の余裕が関係しているのだと思います。
ストレスばかりで心に余裕がなければ、そんな事は言ってられないからです。
ケンカの発端こと
きっかけは物事の言い方を始めとして
心という精神状態の日頃のストレスも関係しており
まさに初代タイガーマスクこと佐山聡さんが言うように
精神的なこと”これも技術のうちっ!”
という事で間違いありません。
精神的な技術とは…?
一方的に小馬鹿にされたり煽られても
軽く無視して”スルーできるスキル”とも言えます。
感情を持ち合わす人間ですから、このスルースキルの習得は、もっとも難易度が高めとなっております。
そして、極めつけとして
憎しみからは「何も生まれない」
です。
人を傷つけて 自分を守る弱さは むなしさ残して”やがて自分も傷つくだけ”で終わる
というようにです。
結局の所は
巡りに巡って何事においても
”自分に返ってくる”
という事なのだと思っています。
それでも人生には生きていく上で
争いを避けては通れない場面というものが
いずれは訪れてくる事もあるかもしれません。
例えば、大切な方をはじめとして
家族・知人・友達に限らず
”弱い者いじめをしている輩”
や
”困っている人”
を見つけた時だったりですね。
よくありがちな自分よりも
格下の人間だけにしか攻撃出来なかったり
弱い者いじめ & 弱い者だけに威張り散らしたりする人は
最高にカッコ悪い行為
だと思っています。
人として最低・最悪な行為ワースト1だと思っています。
そんな時には”弱きを助け強きを挫く”を信念にして、困っている方に手を差し伸べて助けてあげる事が 何よりも大切であると心の底から思っております。
それが人という漢字に由来する通り「人と人が支え合っている」という本来あるべき姿だと思っています。
目の前に困っている方がいたら
(何らかの障害を持った方を含む)
すぐに行動して手助けできる男こそが「真の漢(男の中の男で最強)」であります。
これは男としてではなく
人として”最高にかっこいい行為”
なのだと断言出来ますね。
その先に、どんな理不尽な事があろうとも
心の底から間違いがなく、絶対に忘れてはいけない事であります。
この人類において絶対に間違いない事が1つだけあるとするならば、まさに、この事であると100%の自信を持って断言できます。
もう1つだけ確信している内容として
本当に強い人間の最大の特徴としまして
かなり苦労された生い立ちや経験も関係しており
誰に対しても「優しい人間である」
という事も間違いなさそうです。
恩義を忘れずに礼儀正しくもある方々であり
何があろうとも自分の心の中で決めた信念を絶対に曲げない方とも言えます。
当方が勝手に考える本当の意味での強い人間の意味として
誰に対しても平等に接して常に低姿勢で、礼儀を忘れずに恩義を持ち合わす心の優しい人間が真(芯)の強い人間である事には違いないと思っております。
弱いものいじめは絶対せずに、自分よりも強い人間だけに立ち向かっていく姿勢の方々になります。
もう1つだけ付け加えますと

本当に強い人間というものは
常に孤独との戦いかも分かりません。
それこそ、孤高(ここう)の人と申し上げられます。
※ 孤高な人 = 集団行動を好まず、群れる事なく独りの行動を好む人
周囲に甘えず、何事も自己解決して自分の信念を持っている人となります。

