刺青を見せびらかす行為のダサさ

入れ墨タトゥーを見せびらかす行為のダサさ
シェンムー編
時代は1986年
(昭和61年)
神奈川県・横須賀市にある
どぶ板通りのタトゥーショップより

外人さんより
強そうなのにしてくれヨ ナメられないようにネ

特にあのスクールボーイにな
そこへ
正義の味方である
スクールボーイが現れます。

オーノーッ!
といって逃げ出す始末でありました。
それから数日経過した
ある日のこと

泣きながらやって来た
サッカー少年より
サングラスしたおじさんに サッカーボール取られちゃったんだ

お兄ちゃん呼んできたら (サッカーボール)返すって
悪い軍団の所へ
少年と共に向かいます。
すると…?

以前にタトゥー店で
遭遇していた悪い集団より
ひっかかったな 小僧

その後…
子供を出汁(だし)に使って
悪者軍団に呼び出されますが…?
相変わらず群れた集団でなければ、何も出来ないようでした。
このように刺青をいれる理由からして
”人を脅す目的”のために入れる
(自分を強く見せるために入れる)
という見かけだけの超絶ダサい理由には変わりないのですが…
入れ墨・タトゥーで言える事は
あからさまに人に対して見せつけている行為は「最高にダサい行為」なのかもしれません。
少なくともカッコイイ人には見えないかなぁ~?と率直に思ってしまいます。
例外として、広島連続保険金殺人事件の「死刑囚の息子」と言われている大山寛人さんのように、つらい経験をして強い己の信念を持って母と父の刺青を入れている方は除くかもしれません。
※ 大山寛人さんが幼少期の頃に父親(死刑囚)が1998年に養父を鈍器で殴り殺害。
その2年後、2000年に息子(寛人さん)にバレないように、こっそりと妻を風呂場で殺害後、夜中に息子と出かけた釣りの最中に遺体を海岸に遺棄して転落事故死と見せかけてから息子さんと、しばらく平然と暮らしていた広島連続保険金殺人事件になります。
(死刑囚の父親)加害者の息子でもあり、(殺害された母親)被害者遺族でもあります。
似たような事例として
ブランド物と一緒で、あからさまに人に見せるようにするのは
いかにも貧乏人が無理して全身ブランドにて身を固めるような行為で、自らの弱点と情けなさをさらけ出しているようなものであります。
あくまでも当方独自の主観になりますが、人に気づかないようにするのが美学なのではないか?とタトゥー&ブランド物には無縁の当方が客観的に見ていて感じた事であります。
センスの良い立ち振舞ではないですが、あえて隠して見せつけない事に最大の魅力を感じますね。
当方では一生入れることはないですが、昔ながらの任侠ことヤクザではないですが、もしタトゥー(刺青)を入れるなら少なくともそうしたいと個人的には思っております。
もちろん、近年はファッションの一部としていれている方もいるのだと思います。
ただ、入れ墨・タトゥーを入れた多くの方が
数年~数十年後に「必ず後悔している」
といった消したくてx2 仕方がないという事も
絶対に忘れてはならない大切な教訓となります。
最大の理由として
特に若い内は気にせずとも良いかもしれませんが…
高齢になって病気した時に 最大の悲劇が待ち構えています。
つまりは
サムライ人間論を語る

大和龍門さんより
・ヤクザにも「仁義」があるよな? ・軍隊には「敬礼」があるだろう? ・人には「筋道・道理」があるんだよ!
という事でもあります。
今回の光景を目にして、ある共通点に気づいてしまいました。
気が小さい人間ほど「大きな車を好む傾向にある」と言われておりますが…?
大きい車に乗っているだけで、軽自動車やらコンパクトカーをあおり倒すように気が大きくなってしまう光景と見事なまでにリンクしてしまいました。
まさに型落ちのフルカスタム仕様車を窓から腕を出しながら、すまし顔で自慢気に運転するようなスタイルであります。
もちろん、全ての方に該当しません。
これらが悪いのではなく、あくまでも一部のマナーの悪い運転手においてです。
ただ、残念ながら「やばい割合は、かなり高め」という事が少なからず
当方の長年の経験から判明してしまっております。
以上の内容より
今回の教訓から学べる事として
見かけだけの
ダサい人間にはなってはいけない
といった事をシェンムーという制作費に70億円もかけてしまった
SEGAの大作ゲームが教えてくれています。
後に世界の大ヒット作であるGTAをはじめとして
龍が如くといった色々なゲームに影響を与え
早すぎた「伝説の作品」となりました。
本シリーズの開発を務める鈴木祐さんは
シェンムー開発時のインタビューにて
人に何かを伝える力が宿るものは 高性能といったハードや技術ではなく 作品に対する”想いがいっぱい入っているかどうか”
といった大切な事を語られていたのが印象的でありました。
見事なまでに令和の時代になって、ようやく世間に評価されながら想いは伝わってしまっております。
「ゲームは時間の無駄」と言われる事がありますが、個人的に見方の視点を1つ変えて想像力を膨らませるだけで、このようにゲームから学べる事は沢山あるものだと思っております。

